SP01 旅の途中



「お待たせしました」
その声と同時に少女は目を覚ました。

見るとウェートレスが丁度軽食と紅茶を持ってきた所らしい。
先ほど注文したメニューだ。
疲れていたのだろうか注文したところまでは憶えているが何時の間にか寝てしまったらしい。
時間的には10分も経ってはいないだろう。
少女はウェートレスに軽くお礼を言うと紅茶を一口含み
ふぅと深呼吸をした。
「今日も疲れたな・・・」

季節は秋。
食堂の窓から遠くに見える山々は赤く染まっていた。
木々は夕日の色を受けさらに赤々と見える。
ここはフォールハウト自治国とラスヴァール王国の国境にある小さな宿場町。

少女の名はティア=ヴェイプロール。
年は十八の赤茶色の髪をした一般的にかわいい女の子である。
服は動きやすそうな軽装で短いマントを羽織っている。
長い髪は頭の後ろで一つに結いてある。一見すると馬の尻尾みたいだ。
少女はここで『便利屋さん』・・・いわゆる『何でも屋』を生業にしていた。
といってもこの地に定住しているのではなく資金稼ぎのため、たまたま居合わせた町に
滞在しているだけだ。
しかし表向きは・・・である。
一年ほど前から少女は本職は『盗賊』___いや『盗賊見習い』となっている。
何故見習いかといえば実は『盗賊』としての本格的な仕事はまだ一度もやった事は無いのだ。
彼女の場合『盗賊』と言っても単なる強盗や盗人というのではなくトレジャーハンターとしての
スキル的な職業の意味合いの方が強い。
しかし世間一般からみればどれも一緒、どちらかと言えば忌み嫌う職に変りは無いらしい。
ティアももちろん盗賊ギルドに仕事の斡旋を頼んではいるもののなかなか
そういった機会に恵まれず今に至る。
だから仕方なく『何でも屋』として生計を立てている。

今日もその『何でも屋』の仕事が終わったのでこうして食事がてら一息ついているのだ。
質素な軽食から察するに収入は今日も思わしくないようだ。
「ふぅ。いつになったらまともな食事が食べられるようになるのかな・・・
こんなことならあの時・・・」
ティアは言いかけたがあわててすぐに口をつぐんだ。
「何、情けない顔してるのよ。そんなの今に初まった事じゃないでしょ?」
ティアは不意に声をかけられちょっと驚いた。
そして目の前に湯気の立つ暖かい野菜スープがコトンと置かれた。
「メリル・・・」
「サービスよ。いつもいつもそんな食事じゃ身体が持たないわよ。
さぁ、これでも食べて栄養つけなさい!」
おいしそうな野菜スープだ。
にんじんやらじゃがいもやら大き目に切られた野菜が沢山入っている。
「メリル、あの独り言はそう言うつもりじゃ・・・」
「人の厚意は素直に受ける事。ね?」
「・・・ありがとう」
ティアは本当に済まなそうな顔をしたがありがたくそのスープをいただくことにした。
というか内心ではとても嬉しい。
メリルと呼ばれた女性はティアより二、三歳年上くらいだろうか、
三年ほど前からこの食堂で働いている。
短くした青い髪とつり上がった眉が男っぽい気の強さを感じさせるが、
根はとても優しくこの町ではティアの良き友達でもある。

メリルはレステンシアの王都イフローラの近くにあるタオーネ村の出身だそうだ。
村ではわりと裕福だった家庭らしく魔法の勉強も一通りやったらしい。
本来ならば司祭ぐらいになっていてもおかしくないはずだが、
本人曰くこの方が性に合っていると笑いながら言う。
そして十五の時に村を飛び出しフォールハウト自治国とラスヴァール王国の国境近くにある
この町に来たらしい。
ティアは自分が『盗賊』になりたいと言う事、ティア自身もレステンシア王国の出身である
と言う事はメリルに話した。
本当はまだ隠している事があるのだが未だ言えずにいる。
メリル自身ティアが何か隠している事を知ってはいるが、気を使っているのか決して
その事には触れないし聞かなかった。

その秘密とはティアはこう見えても宮廷魔術師の経験があるということだ。
しかも今ティア達がいる国、ここフォールハウト自治国の東側にある隣国、
魔法王国レステンシア王国の宮廷魔術師だ。
レステンシアの宮廷魔術師といえば世界で通用するいわばエリート魔術師だ。
しかしティアは今はわけあって宮廷魔術師は一年ほど前に辞めている。
以来魔法は一切使わずの生活をしていた。

「ねぇメリル。私、やっぱり盗賊に向かないのかな・・・。
こうやっていつもメリルのお世話になっちゃうし・・・」
「なに言ってるのよ」
メリルはそういって苦笑する。
「・・・私、たまにわからくなる。自分には一体何が出来て何をすべきかが・・・。
もしかしたら間違った道を進んでるんじゃないかって思うといつも不安になる・・・」
「何を今更。人生ってさ、いつも不安だらけ。何をするにも常に不安はついて回るもんだよ。
初めは意気揚揚と挑むけど途中からだんだん不安という魔物を感じてくるの。
でも自分の選択に間違っていなかった、良かったって思って初めて不安がなくなり自信になるの」
メリルが言う。
「・・・なるほど途中の魔物か」
メリルの言葉でティアの不安は少し薄れた。
そして不安を魔物にするなんて面白い例えだと思った。
「ふふふ、ティアはまだ旅の途中ね」
「え?なにそれ?」
「知らないの?旅人の話し」
「はは、私は理系だったから・・・」
ティアはそう言ってしまって慌てて口をふさいだ。
「理系?まぁ、いいわ。で、そのお話しってのが実は人生を語ったもので____。

ある時夢を追う旅人は希望に満ち溢れている状態で旅にでるの。
人生という壮大で予想もつかない旅の中、
様々な困難に立ち向かいそして克服し夢であるゴールに向かう。
そしてついに青年はやっとの思いでゴールに着くの。
その時はとても大喜びで浮かれて幸せの絶頂なの。
でもしばらくすると今まで天国の様だったゴールは突然ぱっと消えてしまう。
旅人は何をしていいかわからず路頭に迷ってしまう。
実はそこは本当のゴールじゃなくて、また旅人は新しいゴールを探す旅を始めると言うお話。
そして新しいゴールでもまたそれの繰り返し。

「えー、でもそれじゃ。いつまで経っても」
「そう、スタートは希望。途中は不安。そして不安から自信を得て夢にめぐり付いた時
再び不安が訪れるというオチが無いお話しなのよ。
だからティアの場合は旅の途中___いえ、夢への途中って所かな?」
「なんだかメリルって先生みたい」
「・・・そんなことないわ」
メリルは一瞬微笑むとティアから視線をそらした。
こころなしかメリルの表情は照れていた。
ティアは気まずそうに窓に目をやると紅茶をすすった。
「・・・旅の途中か。(そうなのだろうか?)」
確かに一時期は宮廷魔術師として魔術師では最高クラスにまで昇り詰めた彼女だ。
しかし今はこうして『盗賊』として別の道を目指している。

「さて、私はそろそろ仕事に戻らないと・・・」
 メリルがそう言って立ち去ろうとした時、事は起こった。
「あ!」

ガッシャーン!!

何やら1つの影というか物体がティアが食事をとっていたテーブルに飛んできた。
当然ティアの食事は床に撒き散らされる。
「いたたたた・・・」
どうやら飛んできたのは人間だ。しかも一見魔術師風の少女・・・。
ショートカットの金髪の髪と元は純白だったと思われる長めのローブは
食べ物にまみれてぐちゃぐちゃだ。
ティアはその様子を見て口をパクパクさせている。
食事がおじゃんになってかなりショックのようだ。

「ちょっと!また、あんたか!」
メリルが飛んできた少女に向かって怒鳴った。
どうやら飛んできたのではなく突き飛ばされたらしい。
「ふんだ!だってあの人達が魔術師の事をバカにするから」
「もう!どうしてこう毎度毎度揉め事起こすのよ」
カウンターの方を見ると少女を突き飛ばしたと思われる筋肉隆々の労働者風の男達が
迷惑そうなメリルに向かって頭を下げた。
「いや、済まないねメリルちゃん。こいつが相変わらず突っかかって来るものだから」
「次やったら出入り禁止だからね!」
「そんな怖い顔するなよ。わかったって!」
気のせいだろうか男達は別に酔っ払っているわけでもないし素行が悪そうにも見えない。
と、するとこの少女が?
ティアはそう思いつつ少女の方に目を向けた。
「魔法も使えないバカのくせに偉そうな事言わないで!
くやしかったら魔法でも使ってみなさいよ!」
少女は少しも悪びれた様子は無くしかもあれだけ派手にやられたのにも
関わらず依然やる気満々だ。
「確かに俺らには魔法は使えない。だがそれがどうした?
例え使えなくとも俺達にはそれを疎む気持ちはこれっぽっちもない。
今の生き方を自信を持って好きだと言えるしそれに誇りもある」
男達は胸を張って言う。その目には一切の曇りはない。
「・・・あ」
ティアはその言葉に少し感動をしてしまった。
立場は違うもののそれを自信を持って言えるということはとてもすばらしい。
しかし、その言葉も少女には全くの無意味だった。
眉をぴくりと動かし見下した視線を男達に注ぐと怒鳴った。
「なにが誇りよ!能力の無いものが寄り添って傷のなめ合い、励まし合い。
聞こえは良いけどそんなセリフだって所詮自分を納得させるためのいい訳にすぎないわ!」
「こら!いい加減にしなさい!」
すかさずメリルが少女を叱咤する。
「ふん、まぁ、地味に生きてる労働者風情にこの能力こそすべての魔術師の世界なんて
一生わからないでしょうけど」
少女のこの偏見にはメリルはもとよりこの場に居合わせた一同は怒りを隠しきれない。
もちろんティアも例外ではないが他のものよりはやや落ち着いている。
ティア自身も昔は魔術師であったから「能力が判断基準」になる少女の言い分も
判らなくもない。確かに魔術師の世界ではそういう風潮というか事実すらあるからだ。
「ねぇ、さっきから聞いてると魔術師の方が偉いみたいに聞こえるけど・・・」
ティアは少女に聞く。

一瞬少女は怪訝な顔をしたがすぐに自慢げな顔になるとこう言った。
「そりゃあもちろんよ!頭が良くてあふれんばかりの『知性』そしてその類稀なる
『センス』ってもんが何よりの証拠!」
やっぱりこの少女は魔術師の方が上だと思っているらしい。
「私は魔法が使える使えないで人間は判断できないと思う」
ティアは飽きれたという顔つきで少女に言う。
「ム!それはアンタ達みたいに魔法の使えない下等な人間の言う事だわ!」
そう言うと男達、メリル、ティアにと次々に指を差す。
とことん失礼な奴だ。一方のティアは苦笑いをしている。
「下等って、ちょっとあのねー!」
メリルはますます怒りをあらわにする。
意外と喧嘩っ早く男勝りな性格というのもあるがいつもの彼女にしては少々珍しい。
「まぁあんた達と違って魔法なんて私の手にかかればちょろいもんよ。
あのファイヤーボールの魔法でさえ本を読んだだけで憶えちゃったわ」
「ふーん。ファイヤーボールねぇ・・・。」
ティアは視線を窓の外にやるとつぶやいた。
「まぁ魔法の『知識』のない人にこれ以上話したところで無駄ね!」
少女はクスっと笑うときびすを返し店を出ていった。
「もう2度とくるな!!」
メリルは立ち去る少女の背中に叫んだ。

そしてぶつぶつ文句をいいながらティアのテーブルを片付け始めた。
「ごめんなさいティア。食事・・・すぐに新しいの作ってくるから。
お金なら心配しないで、全部あいつ等に請求するから」
メリルは男達を横目で見ながら言った。
「はぁ」
「どうせなら、もっと良いもの頼んじゃいなさいよ。
ソレくらいしてくれてもいいわよね?」
男達は一瞬顔が引きつったがメリルの迫力に押されてかしぶしぶうなずいた。
「いえ、そんな私は同じのでいいですよ」
ティアは手をパタパタさせながらそう言った。
「そう。じゃあチョット待っててね。
さっきのことは気にしないでね。たまたま運が悪かったと思って・・・」
「でも、やっぱりおかしいよ」
ティアは先ほどの少女の言葉がどうにも気にかかるらしい。
「え?」
「魔法が使える使えないって人の価値ってそんなもんじゃ絶対推し量れないよね」
「まぁね、そりゃ使えるに越した事無いけど。
人の価値とは関係ないわ。職業的に必要か必要ないかってくらいじゃないの?」
「そう・・・ですよね・・・」
「それに例え『魔法至上主義』みたいなそう言う風潮が世間的にあったとしても
そんな事を平気で言える人間にだけはなりたくないわ」
メリルが伏目で言う。
「それに私は『知識』とか『センス』『能力』って言葉は嫌い・・・」
そしてメリルは悲しげにそう付け加えた。



食事後ティアはこの町で一際高い丘に来ていた。
夕日はほとんど沈み、夜のとばりと混ざり合った空の色がなんとも幻想的だ。
そこでティアはあの少女を見た。

「あ、あの子・・・」
少女はティアに気がついていない。
見るとどうやら魔法の練習をしているらしい。
ティアは遠くからその少女の行いを見ていた。
その真剣な面持ちからは先ほどの傲慢なカケラは微塵も無い。
「あれはファイヤーボール・・・の呪術体形・・・?」
ティアは見覚えのある動きを見て思わずつぶやいた。
すると少女はティアに気がついた。
ティアの声は小さなものだったのでそれで気がつくはずは無い。

「そんな所で何見てるのよ!」
「別に覗こうとしたわけじゃ・・・」
ティアは慌てて弁解する。
少女はティアに視線をチラリと向けるとすぐにもとの方向に向き直り先ほどの練習をつづけた。
ティアはしばらくその動きを眺めていた。
「(なつかしーな。私もああやってたんだっけ・・・)」
数年前の事を思い出し懐かしさのあまり思わずにんまりとしてしまう。
ティアもこの少女と同じように練習した時代があった。
少女の一生懸命な様子を見るとついその事の事を思い出す。
少女の動作はぎこちなくそしてゆっくりと呪文が完成したと思われた瞬間、
ボンという音と共に焦げ臭い匂いがあたりに充満した。

「ゲホゲホ、あーなんで上手くいかないのよ〜!」
少女はむせりながら先ほどの動作を繰り返している。
「やっぱりね〜」
ティアはクスっと笑いながら少女の元に歩み寄った。
「何がやっぱりよ」
少女はバツの悪そうな顔をしながら毒気ついた。
もういちいちたて突く気力はないらしい。
「ファイヤーボールが使えるなんて嘘だったのねー」
ティアは意地悪そうに少女に言った。
「な!今は失敗しただけ!ってなんでファイヤーボールって知ってるの?
「別に。『魔法の使えない下等な人間』が『知って』たらおかしい?」
「そんなことはないけど・・・」
他人に練習を見られたのが恥ずかしかったのか少女は気まずそうに目を伏せた。
「それにしても随分熱心に練習してるのね」
ティアはあたりの様子を見ながらつぶやいた。
あたりは所々焦げている。それは一度や二度ではなく何度も失敗したこと物語っていた。
「あなたには関係無いでしょ!」
少女はティアをキッと睨むと声を張り上げた。
「そうね。じゃ頑張って」
ティアはそう言うとあっさりきびすをかえして立ち去ろうとする。
「ふんだ!」
少女はそう言うとまた呪文の練習を続けた。
立ち去るティアの後ろでは相変わらず焦げ臭い匂いとキーという金切り声が響いていた。

あれから数日ティアは仕事の合間に暇を見つけては丘に来ていた。
そこは相変わらず焦げ臭い匂いが充満し、少女の金切り声が響いていた。
あれからというものティアは少女を食堂では見かけていない。
見かけると言えばいつもここだ。しかもこのところ毎日練習しているのを見かける。
「もう!なんでできないのよ!間違ってないはずなのに!」
少女は悔しそうに地団太を踏んでいる。
「くすくす」
ティアはその様子をみて微笑んでいる。
今の少女の様子は食堂での傲慢な少女とは明らかに違って
弱い部分をなんとか克服しようと努力して苦悩している頑張り家に見えた。

一方の少女はこのところティアが毎日ここに来ては自分の練習を見ているのに気が付いていた。
最初は一瞥しただけで無視を決め込んでいたがこう毎日来られると気が気じゃない。
「ちょっと!あんた!」
「なに?」
「どうして毎日ここにくるのよ!そんなに私が魔法が使えないのがおかしい?」
少女は魔法が成功しない鬱憤をたまらずティアにぶつけた。
「別に・・・」
ティアはつんとそっぽを向いて横目で少女を見た。
「あなた一体何者?」
少女は怪訝な顔でティアを見ている。
「別にタダの『下等な人間』ですけど?」
ティアはさらりと言った。
「ふんだ、何よ!聞いたあたしがバカだったわ!」
少女はそう言うと丘の上から走り去って行った。



数日後、いつのもの様にティアが丘に行くと少女は練習もせず
町が見渡せる丘の上にポツンと腰を下ろしていた。
「どうしたの今日は練習しないの?」
「・・・うるさいわね。あんなのいくらやったところで無駄よ。
呪文だって『ruuhufureimusabumaruhuha-』ってちゃんと言ったし・・・
間違ってないのにできないし・・・」
「・・・本当にそう思う?」
「え?」
「・・・あなた呪文が間違ってないって言ったけどもしそれが間違っていたらどうする?」
「そんなはずないじゃない!そんなのちゃんとした本に書いてあるし、
学院でも前にそう習ったし」
「あなた学院の生徒だったの?」
「・・・だったら悪い?」
「いえ、別にそういうつもりじゃ・・・」
「で、なんであんたはその呪文が間違っていると思うわけ?
最高位の魔術師達の書いた本に書いてあることや教えが間違ってるとでもいうの?」
「間違ってはないよ。でも書いてあったものが必ずしも正しいものじゃないわ。
掛かる時間に個人差はあるけどただ言われた事をするだけなら誰だってできるでしょ?
でも問題はそこではなくそこから何をすべきかなの」
「そんなことは言われなくてもわかってるわ!」
「じゃあその呪文の意味がわかるはずよ。体系をよく考えてみて」
「ムカ!何よもったいぶって!判るって言うのならじゃあその答えを教えなさいよ!
もっとも魔術師でもないあなたなんかにできればの話しだけど」
ティアは少女の相変わらずの言動にムッとしたがその事を悟られない様に口を開いた。
「わかったわ!さっきの呪文の発音は『sabu』じゃなくて『savu』が正解。
そうじゃないと引火が失敗する」
ティアは片目をつぶりながらエレーヌにそう言った。
そして少女から10歩ほど後ろに離れると微笑んだ。

少女はティアに指摘された場所を修正して呪文を唱えた。
しばらくしてパチっという音と共に火球が少女の前にできあがった。
大きさは拳大くらい。一般的なものよりやや小さい。
「ああ!やったすごい!!」
少女は初めて成功して大喜びである。
「これさえできれば私が一番凄いって事を皆に証明できる!」
ティアはその様子を見てクスッと笑った。
そして次の瞬間、火球が少女の真上ではじけた。
拳大とは言えまともに食らえば間違い無く大やけどはまぬがれない。
「きゃ!!」
少女はたまらず声を上げるが、火球は火としてではなく滝のような水になって
彼女の頭から降り注いだ。

「なんで・・・?」
少女は訳がわからずキョトンとしている。
「あーあ残念。でもどう?少しは頭冷えた?」
ティアはその様子を見てくすくすと笑っている。
残暑も終わり涼しくなったこの時期に行水はちと厳しい。
「・・・だましたの」
少女は凄い形相でティアを睨んだ。
「ダマしてないわよ。成功したでしょ?」
ティアは片目をつぶって見せた。
「じゃあなんで水になるの・・・くしゅん!」
「それはまだ魔術師が一番だと思ってるから・・・」
「そんなの当たり前よ!魔術師は実力勝負の世界じゃないの!」
少女のその言葉にティアは少し肩を落としつぶやいた。
「・・・それは違うよ。」
「え?」
「確かに魔術師は結果として能力が判断基準になる場合の方が多いわ。もちろん目的の為に
精進する事は大事だしそれは間違いでもない」
「・・・」
「でも、自分のやっていることが正しいと思いこむのは勝手だけど、
その価値観で他人を卑下したり上下の評価をつけるのは間違ってる。
そうは思わない?」
「・・・それは・・・」
少女は苦しそうにそう言葉を吐き出すとつぶやいた。
「そもそも人の価値ってそんな簡単に推し量れるものじゃない」
ティアはそれだけ言うと少女の元から立ち去ろうとする。
「・・・それくらいわかってるもん」
うつむいていた少女はポツリとつぶやいた。
ティアは振りかえらずゆっくりと歩き始めた。
「私はいつもいつも『賢者』の姉と比較されてきた。
でもそんなお姉ちゃんと違って私って学院じゃ何やってもうまくいかないし、
皆からはオチこぼれってバカにされるし・・・。
あんなにやさしかった家族でさえお姉ちゃんが1年前に突然音信不通になってから私じゃなく
お姉ちゃんがいれば『良かったのに』と言うの。だから立派な魔術師にならないと。
そうじゃないと私の存在は・・・」
少女は悲しそうにつぶやいた。
「・・・人の敷いたレールの上を進んで生きて行きたいのであれば否定はしない。
仮に環境がそうさせるとしてもそれも立派な理由の1つになるわ」
ティアは淡々と言った。
「そうじゃない!本当は!」
少女は叫ぶ。
ティアは振りかえらずただ黙って聞いていた。
「どうしてこんな風になっちゃったのかな・・・最初は魔法がただ好きなだけだったのに。
いつのまにか『目的に振りまわれて』いつも不安で一杯で・・・。
そのうち何をやっても報われない気がしてきて・・・」
「・・・」
少女の悲痛な言葉にティアは言葉を詰まらせた。
それはティア自身も感じたことがあるし、今現在もまた感じているから
その気持ちは痛いほどわかる。
少女は言葉を続けた。
「それに食堂にいるあの人達の事がすごく羨ましくてつい酷い事を・・・。
あの人達はなんであんなに自信を持って胸を張れるのかな・・・」
少女はそう言うと涙がぽろぽろあふれてきて止まらなかった・・・。
どうやら食堂では虚勢を張る事により自分の置かれている現実から目を背けようとしていたらしい。
ティアは足を止めたそのままの姿勢でゆっくりとつぶやいた。
「・・・私だって食堂の人達みたいに生き方に強い信念や自信は無いよ。
だからそのために一生懸命頑張るの。遠回りでもいいじゃない。
人生という長い旅の中、道しるべはないけれど自分の信じるべきものをみつけるために・・・」
「・・・自分の信じるべきものをみつける?」
「・・・なんてね、食堂のメリルの受け売りだけどね」
ティアはあははを苦笑いをした。
「・・・あの、私・・・。
親は結果的にお姉ちゃんの代わりを期待しているかもしれないけど・・・、
でも私は魔法が好きだから!好きな魔法を学びたいからやっぱり頑張ってみます!」
「・・・うん。頑張ってね。大丈夫!今のあなたならさっきの魔法きっと使えるようになるわ」
ティアはクスっと笑うと再び歩き出した。

「あ、あの。あなたの名前は・・・?」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね」
ティアは歩みをとめ振りかえる。
「私はエレーヌです・・・」
少女が自分の名を名乗るとティアは満面の笑みでエレーヌにほほえんで見せた。

「___私の名前はティア=ヴェイプロール」



魔法学院 フォールハウト、ルウェン校____。
ティアと会ったあの日以来、エレーヌは放課後時間があれば自主的に魔法の勉強をするようになった。

「うむむむ・・・」
突き出した両手の中で青白い光りがほわほわ浮いている。

「ほう、これは驚いた。以前に比べるとだいぶ安定してるじゃないか」
「エルドラス院長!」
エレーヌはエルドラスに不意に声をかけられ驚いた。
初老の老人は長い薄黄色のローブを纏い口元と顎には特徴的で長く立派なヒゲを蓄えている。
エルドラスは長いあごヒゲをさすりながら結構結構といいながらうんうんうなずいている。
「しかし当学院一の問題児、エレーヌが一体どう言う風のふきまわしか?
ここ何週間か無断欠席してやっと戻ってきたとおもえば___」
「フンだ。もう問題児なんて言わせませんよ!」
「ほう」
「ところで先生、ファイヤーボールの魔法呪文って『ruuhufureimusavumaruhuha-』で
あってますよね?」
「うむ、まさしく。だがそれがどうした?」
「やっぱり!間違っていない。何度解釈してもそれ以外に辿り付かなかった」
「・・・解釈・・・まさかエレーヌお前使えるのか?」
「いえ、前にこの呪文でやったら水になっちゃいました」
「ほほ。やっぱりお前の魔力じゃその程度じゃろうて」
「どういうことですか?」
「ん?ああ、例えば魔力が弱いとか邪な意思をもってその呪文を使うと
そうなる様にできている。いわば犯罪防止の為に改良された最近の主流だな。」
「え、とするとオリジナルもあるんですか?」
「やれやれ少しは魔法史でも勉強しなさい。
まぁこのところのお前の頑張りとファイヤーボールの魔法の解釈の正解に免じて今回は特別に教えよう」
エルドラスはおほんと咳込むと言葉をつづけた。
「まずオリジナルのファイヤーボールの魔法には『savu』の部分の文字列が無い」
「はぁ、そうなんですか」
「最近は主流の方を教えるからな。しかも習得術者に教える時はあえて『sabu』と教え
呪文の体系からその謝りに気付いたものだけが
使えるような2重のトラップ構造になっているのだな。
ちなみに『sabu』の方で唱えると火は付かず焦げるだけ」
「はぁそう言う事だったのですか。私も最初は『sabu』だとばかり思っていて全然ダメでした」
「しかし万年最下位のお前がよくそこに気がついたもんだな?」
「あはは、それはちょっと・・・」
エレーヌはエルドラスから視線をそらしほほをポリポリと掻いている。
「それにしてもファイヤーボールの名を聞くとあのティア=ヴェイプロールの事を思い出す」
「え?ティア=ヴェイプロール・・・?」
「うむ、ティアもお前に負けず劣らずの問題児でな当時散々世話を焼かされた。
その彼女がイフローラ本校を主席で卒業後あのレステンシアの宮廷魔術師になるとは
いやはや、わからぬものよ。
そして先ほどのファイヤーボールの進化系はそのティアがアレンジして作ったものだ」
「え?それって!・・・あ、先生!ちょっとし、失礼します!・・・」
「お、おい!こらどこに行く。まだ話しは終わってないぞ!」

エレーヌはそう言って部屋を飛び出すと廊下に飾ってある肖像画を一つ一つ順番に見ていった。
そしてティアの肖像画の前で立ち止まると小さく声をあげた。
「あ______やっぱりこの人だ・・・。宮廷・・・魔術師だったんだ・・・」




「ティア、行ってしまうのね?」
メリルが悲しそうにつぶやく。
「うん、やっぱり『盗賊』の夢捨てたわけじゃないから・・・」
「行く宛てはあるの?」
「南のラスヴァール王国に行ってみようかと思う」
ティアは荷物をまとめながらつぶやいた。
「そう、いつでもいいからまた帰ってきてね」
「うん。近くに来たら寄らせてもらうわ」
「ああ、ティア。そういえばあの魔術師の子。この前食堂に来たわ」
「エレーヌが?」
「それが皆に謝罪に来たって言うのだからもう驚き。
もうまるで憑き物が落ちたみたいに明るい子だったからもっと驚き。
今でも休みになると時々遊びに来てるわ」
「うん。良かったね。あ、そうそう彼女の事よろしくね。彼女もまた夢への途中だから・・・」
「え〜?何言ってるの?」
「へへ、何でも無いよ」
ティアは微笑みながら立ち上がり見送るメリルに手を振りながら意気揚揚と南に向かって歩き始めた。


『そう私はまだ旅の途中、夢への途中____』


おわり。

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