■
『ソテロ・ソディの和平交渉が決まった』
ティアはそのニュースをラスヴァール王国で聞いた。
ラスヴァール王国はレステンシア王国の南西にあり
ラスティミニア大陸の中央から西側に位置する工業大国である。
『ソテロ・ソディ』とはラスティミニア大陸の南に位置する砂漠地帯にある。
大陸では一般的に『ソテロ・ソディ地方』とか『地域』と呼ばれている。
または一部では『ソディ・ソテロ』とも呼ばれることもある。
というのも理由があってそこは国ではない。
西のソテロ、東のソディといったように2つの民族がそれぞれの町(集落)を持ち
地域の利権争いをしている、いわば敵の関係なのである。
最近は大きい民族戦争は起きていないものの民族間では常に小さないざこざが
絶えないらしい。
レステンシア王国は比較的治安も良く安全と呼べるのだがそこは
決して安全とは呼べない。いつも死の影が付きまとう、そういった地域なのだ。
「ソテロ・ソディか」
ティアはその『ソテロ・ソディ』の名を聞いてふと、一人の少女の事を思い出した。
少女とは今から2年程前、魔法学院時代に一緒に勉強をした同級生である。
名前をサラ=サと言い、ソテロからやってきた短期留学生だった。
彼女とは少ない期間ではあったが部屋が同室だったこともあり
とても気さくな性格で考えるより行動派な彼女とは当時”おてんば”だったティア
とは何かと意気投合したのを今でも良く覚えている。
「懐かしいな・・・。サラは今頃どうしているのだろう・・・」
ティアは目をゆっくり閉じるとあの時の事を思い出していた・・・。
■
「では、今月の報告を・・・」
レステンシア王国王都イフローラにある魔法学院の講師用会議室でのことである。
初老の男は開口一番そう切り出した。
男は長い薄黄色のローブを着ていた。長いあごひげも特徴的だ。
服装からかなりの地位であることが伺える。
そこには他にも数人の男女が在席していて続く話を聞いている。
あごひげの老人はおほんと咳き込むと言葉を続けた。
「えー、我がルウェン校では特に問題はございません。
そちらはいかがですかな?フェン殿?」
「は?!」
フェンと呼ばれた女性は突然声をかけられたことに戸惑った。
紫色のローブを着た美しい女性である。
歳は30過ぎくらいだろうがこの中では周りが周りだけに当然の事ながら最年少であり
とても若くみえる。
フェンはまだ若いがイフローラにある魔法学院の院長をしていた。
魔術師として優れているというのもあるが最大の理由はイフローラ王国の
8人の宮廷魔術師の一人でもあると言う事のが強い。
「やれやれ、宮廷魔術師が聞いてあきれますぞ。イフローラ本校の方はどうなっているのですかな?」
半ば呆れ気味にあごひげをさすりながらジト目でフェンを見る。
「あ、いえ、申し訳ありません。ちょっと考え事をしていたもので・・・」
フェンはどうも昔からこの男が苦手だ。
男は名をエルドラスといい魔法学院の分校であるルウェン校の院長だ。
エルドラス自身もかつてはレステンシアの宮廷魔術師に誘いを受けたことがあるが
研究者、教育者としての道を選び現在に至る。
さらに特筆すべき点ではフェンの『先生』でもあったのだ。
彼女が未だ頭が上がらないのも頷ける。
ルウェンという町はレステンシア王国の西に位置しているフォールハウト自治国の首都
である。かつてはレステンシア王国の領区であったが
今はレドルランス公を領主とし、氏の責任の元で事実上は独立国家の形式を取っている。
と言ってもレステンシアとは今だ密な交易があるので国をまたがってしまった今でも
『魔法学院』の形式を保てているし残ったままだ。
「イフローラ校では、その・・・誠に不本意ながら・・・」
フェンは喉を詰まらせながら搾り出すように声を出している。
フェンの周りにいるイフローラ講師陣も戸惑いと困惑が混ざった面持ちで
フェンのその後の言葉を待っている。
その様子を見たエルドラスは不信に思い言葉を静止した。
「今日はえらく歯切れが悪いな。何か資料はあるかね?」
「・・・こちらです」
講師の一人がエルドラスに恐る恐る差し出す様子を見て
フェンが覚悟したかのように言葉を続けた。
「我が学院にティア=ヴェイプロールという女生徒がいます。
講師陣は一丸となって手は尽くしたのですがその彼女の成績がとりわけ思わしくなく・・・」
エルドラスは一通り資料に目を通すとつぶやいた。
「・・・ふむ」
「ティアは先の学力テスト、実技テストでは最下位です」
「しかし入学当時の潜在能力テストでは在学者の誰よりもトップというのは?」
「不正はありません。だからこそ我々もその可能性にかけてきたのですが」
「家系に魔術師はいないのか?」
ルウェンの講師が聞く。
「母が魔法薬剤師だそうです。関係があるとすればそこでしょうか?」
ルウェン校の講師も織り交ぜ講師が次々に言う。
ちなみに魔法薬剤師というのは言葉こそ違うが俗に言う錬金術師と同じようなものだ。
フェンは何も言わずそしてエルドラスもまた目を瞑り講師たちのやり取りを
黙ったまま聞いていた。
そしてしばらくの後、何か思いついたように目を開くと口を開いた。
「彼女の事情はわかった。しばらくルウェン校が預かりましょう」
「え?!」
それに驚いたのは誰よりもフェンだった。
「まさかアレを?ティアには荒療治すぎます!」
「うむ。試してみる価値はあると思うがな。まぁその辺は本人次第だが、
それでダメならダメってことだろ?」
講師達にはいまいち状況が飲み込めていない。
その様子をみたエルドラスは一息の後、補足した。
「合宿だよ。うちの地獄のな・・・」
■
「はぁ・・・」
レステンシア王国王都イフローラにある魔法学院の学生食堂でのことである。
少女は先ほどから料理には全く手を付けずため息ばかりついている。
少女の名はティア=ヴェイプロール。
年は16、赤茶色の髪をした一般的にかわいい女の子である。
学生用のローブタイプの白衣服をまとっているが着飾ってなく髪の毛に至っては
うなじより少し長いくらいの散切り頭だ。
「ティア、また失敗したんだってね。いよいよ危ないかもよ」
同じ格好をした同級生の少女がティアと呼ばれた少女の前に腰を下ろし茶化す。
「そんな、私だって一生懸命頑張ったのに・・・。
でも今回ばかりは流石にヤバイかも・・・」
ティアはそう言うとふーっとまたため息をついた。
「そのとおりだ」
「え?!」
ティアは不意に背後から声をかけられ振りかえる。
「フェ、フェン先生・・・」
「先ほど会議が終わったよ。しかも内容はティア、あなたについて」
「・・・やっぱり。あ、あの私、やっぱり退学・・・なんでしょう・・・か?・・・ねぇ?」
「退学?私の教え子から落第者が出るなんて事が許されると思うか?」
フェンはピクリと眉を動かすとティアを
フェンは鋭い目つきで睨む。
「うっ・・・」
同席していた同級生も他人事ながらその気迫にびびってる。
フェン先生はどちらかというと人気者というより学園内でもっとも厳しく
とても怖い存在として生徒達に恐れられている。そう言う人なのだ。
だから怒るととても怖い。
「ひぇぇぇ〜!ごめんなさい!ごめんなさい!も、もちろん、許されません!」
「よろしい。あ、そうそう後で私の部屋に来なさい」
フェンは穏やかな普通の表情に戻るとそう付け加え、きびすを返していった。
ティアはげっそりしている。
「ティア、大丈夫??」
「大丈夫なわけないよ」
同級生がティアを気遣うものの返ってきた答えは予想通りだった。
■
「ええっ!今なんて?!」
その後フェンに部屋を訪れたティアは話を聞くやいなやすっとんきょうな声を上げた。
「明日からルウェン校に行きなさい。と言ったんだ」
フェンは同じ内容を繰り返す。
「あの・・・ルウェンって、フォールハウトの・・・ですよね?」
「そうだ。到着まで1週間はかかるだろうから戻ったら急いで支度しなさい」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ん、なんだ?」
「ここから魔法学院のルウェン校に行くということは、つつ、つまり『地獄の合宿』と
言うことですか?!」
ティアはどもりながら言うと顔を青ざめた。
『地獄の合宿』と言うのはイフローラの学院では生徒の間で有名である。
通称『島流し』とも呼ばれ学院で成績が悪いものに対して一月の間『スパルタ教育』を
行うと言ったもので
そこに行くくらいなら素直に退学になった方がマシという話もあるくらいだ。
さらにはその合宿に行った者で生きて帰って来た人はいないという噂まである。
「生徒達の間ではそう呼ばれているのか?」
「うえーん、やっぱり私が落ちこぼれだからですか〜?
その合宿に行った者で生きて帰って来た人はいないとか色々恐ろしい噂が・・・」
ティアは本気でビビっているようだ。
その様子をみたフェンは一息ついてからこう言った。
「やれやれ、勘違いするな。
そこにはなにも『落ちこぼれ』だけが行くわけじゃない。
『優秀な魔術師の素質を持ったもの』や『学院の上位者』だっても行くことがある」
「・・・え?そう・・・なんですか?」
ティアは少し驚いた感じで顔を上げた。
フェンは視線をティアから外すといぶかしげな顔をしつつ付け加えた。
「でも確かに『地獄』には変わりない。行った者もそこでの体験は思い出すのも嫌なのだろう。
だからこそなるべく人には話さないで話に尾ひれが付きそう言った噂になるんだろうな」
「あぁ、やっぱり・・・」
「ティア、私だって出来ればこの方法は避けたかった」
フェンは伏目がちにつぶやいた。
これは安心させるためでも何でも無くフェン自身の本心なのだろう。
何より自分の生徒を系列の分校とは言え他校に預けるなんてのは彼女のポリシーと
しても反するに違い無い。
「先生・・・」
ティアは今まで見たことが無いようなやさしい顔つきのフェンを見て言葉を詰まらせた。
でもそれも束の間。フェンは視線をティアに戻すとこう言った。
「でもあなたの『悪い成績』を何とかするためには他に方法がないのも確かです。
もちろん拒否権はありません。わかっていますね?」
そしてあの恐ろしい顔で見つめる。
「も、もももも、もちろんです!ハイ!頑張ります!」
やっぱり鬼だった。
■
ぶー。
ティアはふてくされていた。
「もう、フェン先生も『転送の魔法』くらい使ってくれてもいいのに。
もし使ってくれたなら学院の皆に自慢できたんだけどなー」
『転送の魔法』は一瞬で離れた箇所へ移動できる魔法である。
話によると高度な魔術師なら大抵は使えるらしいので
フェンにとっては造作の無い事だと予想できる。
院長室の去り際、移動に1週間もかかるならとダメ元でお願いしてみたが
受け入れられなかった。
基本的に急用意外には使ってはいけない制約があるらしい。
この場合の急に決まった合宿に行くという用件は一応認められるのだが
立ち寄る町々で見聞を広めよとあえて陸路での移動を薦められたのだった。
そんなこんなでティアはしぶしぶフォールハウトのルウェン校に向かった。
移動手段は徒歩メインかと思われたが、
途中、立ち寄った村で運良くリラルの町行きの行商向けの乗り合い馬車を
見つけたので乗ることにした。
冒険者になら情けないと鼻で笑われてしまうが
おてんばで行動的なティアとは言え一応「都会育ちのお嬢様」だから無理は無い。
ティアは乗り合い馬車の中で世界地図を広げながらこれからの道筋を決める。
「このままリラルの宿場町まで立ち寄るのがセオリーだね、
その後はどうしようかな?」
「おや、珍しいね。お嬢ちゃん一人で旅行かい?」
ティアのその様子を見て、
途中の村で乗ってきた中年のおばさんが気さくに声をかけてきた。
「いえ、違います。その、フォールハウトまで勉強に・・・」
ティアはパタパタ手を振りながら答えた。
「そう、学生さんかい?しかしフォールハウトとは遠いねぇ。
大変だろうけどがんばんなさいよ」
「はは」
ティアは苦笑いしている。
本当は成績不良の為の合宿だと言う事はおばさんは知る由もない。
「私はね、これからこれをリラルまで売りにいくのさ」
傍らに置かれた大きな籠にはリンゴが沢山つまれていた。
そういえばリラルの町は宿場町だけとしてでなくフリーマーケットのような市場も盛んだと
聞いた事がある。
薬剤師であるティアの母親も時々リラルまで薬品や何やらの買出しに出かける
事があった。
なんとかと言う人のキャラバンが成功したおかげでどうこうって話を
何度か母に聞かされたがどんな内容だったかは忘れてしまった。
「あ、そうだリンゴ持っていきなよ。うちで取れたやつだけどさ」
「え、でもこれって売り物じゃ・・・?」
「いいのいいの家に戻ればまだこーんなにたくさんあるんだからさ」
そう言っておばさんはティアにリンゴを分けてくれた。
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」
おばさんはにこにこしながら頷いた。
リラルに着いたのはそれから十数時間後のことだった。
■
リラルで一泊後、ティアは市場の見物もそこそこに先を急いだ。
ちなみにこの町に来て思い出したというよりわかったのだが
例のキャラバンで成功したのはリオネット家だそうだ。
馬車の中でおばさんに聞いた話ではリラルからフォールハウトへの道は
2つあるそうだ。
ティアもはじめてフォールハウトへ行くわけではないがその時は
幼かったこともあり母に連れられてだったのでどう行ったかは覚えていない。
一つ目は商人などが良く使うルート。主に市場のある村や宿場町を経由していく
北よりのルート。
もう一つは旅行者が好むと言われる南よりの観光ルート。
ブールヴァール魔法王国が近い事もあり話によると
魔術師伝説や伝承と言ったのが残っている町もあるらしい。
魔法学院で習った気もするがこれもまたティアのことなのでうろ覚えだ。
時間的にはどちらも大差ないのでティアは迷わず後者を選んだ。
仮にも魔術師を目指す学校に入っているティアとしては
そういうのに触れた方が自身の為になるはずだと感じた。
今、その魔術師伝承の町にティアはいる。
「わぁー、凄いー」
歴史的にも資料的にも価値があると思われる建造物、遺跡群。
魔術に興味が無くとも観光地にはうってつけだと思った。
何よりティアが驚いたのがすれ違う人々のほとんどが皆魔術師のローブを
身にまとっていることだ。
ティアのローブタイプの白衣服も学院の正装だが
実際の魔術師の神々しいローブを見ると
惨めと言うか立場の違いが明らかでその場から逃げ出したくなる衝動にかられる。
流石に魔術師の町と称されるだけあってレステンシアにしては珍しく魔術師が多い町だ。
魔術が盛んとは言えレステンシアはいまだに農耕をメインとした農業や
魔法工芸品を産業の軸としているので隣国(といっても現在は国交断絶中)の
ブールヴァール魔法王国の魔法だけの国とはちょっと違う。
レステンシアでは魔法教育は盛んだし魔術をかじっている人は多いけれど
人口の割には魔術師そのものは非常に少ない国なのだ。
肩身が狭い思いをしながらもティアは束の間の観光気分に酔いしれた。
町の中央広場のベンチに腰を下ろし休んでいると不意に視界に入ってきた
彫像に一瞬にして目を奪われた。
「あれ、なんだろう?」
彫像は広場の端にひっそりと置かれていた。
まわりの建物が凄すぎて全然目立たなかったがなんとも言えぬ不思議な感じがする。
「お嬢さん、それはマリアベル像じゃよ」
たまたま近くにいた清掃員の老人がほうきを掃く手を止めティアに話しかけてきた。
「マリアベル?」
ティアは老人に言葉に耳を傾ける。
「わしがまだ幼い時にひいじいさんから何度も聞かされた話じゃ。
その話によればこの町の開祖で偉大な魔術師だったらしいが・・・」
「開祖で偉大な魔術師?そのような人の像がこんな所にひっそりと置かれるわけ・・・」
ティアはまさかと言う顔で彫像と老人を交互に見る。
「そうさな。だからわしも何度もひいじいさんに同じように言ったもんだ。
詳しくはそこのプレートに書いてあるそうだが上位魔法語なんて
読める奴などまずおらんから、本当にあっているのかはわからないままだがね」
そのプレートは彫像の足元に組み込まれていた。
プレートにはわけのわからない記号や図形で一杯だ。文字に見えなくも無いが
落ちこぼれであるティアには当然読める代物じゃない。
「確かにこれじゃわからないよね」
ティアは苦笑しながら彫像を見上げた。
古代上位魔法語やエルフ語などの古代語はいわば
この世界ではすべての魔法のルーツにもなる言語だが
主流の魔法語はわかりやすく改変されているので魔法使いが古代語を
必ずしも習う事はない。
恐らく宮廷魔術師のフェン先生なら職業柄読めるかもしれないが魔法研究者でも
解読できるのが稀なくらいだ。
「伝説なんてそんなもんじゃ。確証があるわけじゃない」
老人は笑いながら空を見上げそうつぶやいた。
■
「うう、ついに来てしまった・・・」
一週間後ティアはフォールハウト自治国にある魔法学院の分校、ルウェン校の前にいた。 出来れば来たくは無かった。
「はぁー、これから一月の間ここで合宿か・・・」
ルウェン校はルウェンの町の郊外にありその建物は大きな大聖堂を思わせる作りだった。 イフローラ本校もガーゴイルの彫刻などの装飾品の数々が有名で負けず劣らずだが
こちらも圧倒的というか圧巻だ。年代的な古さがそう感じさせるのだろうか。
ここには『何かある』ようなそんなただならぬ気配さえ感じる。
「凄いなー、フォールハウトには来たことがあったけどここに来るのは始めて」
ティアはそう思いながら学び舎のあると思われる正門に向かった。
正門が開くと中は至極普通。
イフローラ本校と対した変わりはない。こちらの校舎で学んでいる学生達が
イフローラでのティアと同じ様に日々の生活を送っている。
本校もそうだがどうやらこちらも『全寮制』みたいだ。
院長室につくとあごひげを蓄えたエルドラス院長がティアを出迎えた。
「やあやあ、よく来たな。ティア=ヴェイプロールといったか?
私が院長のエルドラスだ」
「はい、ティア=ヴェイプロールです。」
エルドラスは室内をこつこつ歩き時折窓の外に視線をやりながらティアに
説明を始めた。
「さて、フェン院長から聞いているとは思うがこれから一月間、当ルウェン校において
当方の『伝統的な合宿』を行う。よろしいか?」
エルドラスは長いあごヒゲをさすりながら振り向いた。
どうやらヒゲをさするのが癖らしい。
ティアの視線は時折ヒゲに注がれている。
「あ、はい」
ティアは突然の事に驚いてちょっと裏声っぽい返事になってしまった。
「うむ、結構。それと今回は『落ちこぼれ』と言うわけではないがあと一人、
君と同室になる子が留学と言う形で今回の合宿に来る予定だ」
「はは・・・」
ティアは苦笑いした。
事実なのだがさらりと『落ちこぼれ』とか言わないでほしいなと思った。
「でも留学生って一体何処からですか?ラスヴァールはお門違いだし、ヴァルレシア辺り かなぁ・・・?」
「・・・うん、それはな、ソテロ・ソディだ」
エルドラスは一瞬言葉を詰まらせつつも的確にそう答えた。
その言葉にティアは愕然とする。
「えーー!!ソテロ・ソディって、あ、あああの南国の?!」
「そうだ。一月間仲良くな。」
エルドラスはニコリと笑うとティアに寝止まりする部屋の鍵を渡した。
「ソテロ・ソディ・・・」
とても気が重かった・・・。
■
ソテロ・ソディという国、もとい地域に住んでいる人々は『砂漠の民』であり
『森の民』である平和なレステンシア王国からすると偏見はないとは言えない。
民族紛争や戦争などの揉め事は日常茶飯事でそこでは毎日が戦場であり
いつも死の影が付きまとう。
基本的に自分の身は自分で守るのが掟でもある。
その環境にいた人物と同室になるということはそれを含めた上で考えなければいけない。 ティアはそう思うとちょっと怖くなった。
ティアはあてがわれた部屋につくと先ほど預かった鍵を鍵穴に差す。
「(あれ、鍵が空いてる・・・)」
先ほど聞いた留学生は口ぶりからまだ到着していないようだし不信に思いつつ
ティアは恐る恐るドアを空けた。
古い建物のせいだろうかギッときしむ音を立てながらドアは開いた。
刹那、ティアは後ろから押さえつけられ刃渡り20センチはあろうナイフが
ティアの喉元に付きつけられた。
「あ、ひぃ!!」
「誰ッ?!」
女の声だ。耳元で声がする。
ナイフを付きつけているのも彼女に間違い無かった。
「わわわわ、わたしはティアですー!!今日からここで合宿を・・・!」
ティアは搾り出すように声を出した。
いきなりナイフを付きつけられ恐怖のあまり立っているのもやっとである。
「あ、そう」
そう言うと女はティアをぱっと放し、ナイフを収めた。
「はぁはぁ」
しかしティアはその場に四つんばいになるとそのままへたりこんで気を失ってしまった。
■
どれくらいの時が経ったのだろうかティアは気を取り戻した。
何時の間にかベッドに寝かされ額には濡れタオルがのっていた。
「あのー・・・大丈夫?」
ティアが気がついたのを見て一人の少女が声をかけた。
ティアを覗きこんでいる。
「あの・・・」
「ごめんなさい。悪かったよ。つい『クセ』で・・・。まさかこんなことになるなんて」 少女はしょんぼりした面持ちでティアに頭を下げている。
ティアは身体を起すと少女を見た。
褐色の肌。長い黒髪。露出の多い格好に頭にはターバン。この辺では珍しい格好だ。
多少筋肉質だがスタイルもいい。
この子はもしかするとエルドラス院長の言っていたソテロ・ソディの留学生かもしれない。
そう思いティアは恐る恐る尋ねてみた。
「あなたはもしかしてソテロ・ソディの留学生の・・・?」
「うん。サラ=サっていいます。ほんとさっきはごめんなさい」
「あはは、いいよいいよ。大丈夫だから」
全然大丈夫じゃなかったがティアは手をパタパタさせながら言った。
先ほどの件にしてもあの国にいたのならばある意味仕方が無い行動とも思える。
サラ自身は見た目は怖いというよりはむしろかわいいし、とても素直そうに見える。
ティアはソテロ・ソディってだけで敬遠していたがこの子となら上手くやっていけそうだ と思った。といっても出会いは最悪であったのは間違いはないが。
「私はティア=ヴェイプロール。院長から聞いているとは思うけどあなたとはこれから
同室みたいだから・・・よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。・・って院長!!しまった!!」
サラはそう言うと立ち上がり慌てて部屋を飛び出していこうとする。
「え?え?」
ティアは訳がわからなかった。部屋の鍵も開いてたし謎だらけだ。
「部屋だけ聞いていたんだよ。院長に挨拶する前にこっち来ちゃったんで」
「そう・・・なんですか?あ、でも部屋の鍵は・・・?」
「ああ、それね。そんなの簡単だよ。『こじ開けた』。じゃ、また後で!」
そういうとサラは部屋を飛び出し廊下をかけていった。
「こじ開けた・・・??」
前言撤回。
ティアはやっぱり怖いと思った。
■
翌日から地獄の合宿がスタートした。
昨晩、ティアとサラは和気あいあいとお互いのことを話していて気がつけば夜が明けてい たという感じだ。
サラは話して見ると想像に反してとても気さくでティアともとても話しが合い
話題は家族の事、勉強のこと、将来の夢など多岐にわたった。
ティアは会ったばかりだがお互いに理解を深め合えたと確信した。
サラが留学にきた目的は砂漠化が深刻な村に魔法で雨を降らせることが目的だそうだ。
治安の問題や民族紛争などその他にも避けては通れないことも多々あるが
戦闘の為に魔法を学びに来たのではないと言っていた。
だからこそこの学院も受け入れたのだろうが。
一方のティアはというと将来の夢なんて考えたこともない感じだ。
両親の家業である薬剤師、(最近は魔法道具屋も兼ねているらしい)を継ぐくらいしか
思いつかない。
サラは『そうなの?』って感じで飄々としていた。
気さくで良くしゃべる反面、相手に対しては深い詮索はあまりしないので
割とサバサバした感じの性格に感じられた。
そんな事があったので二人とも全く寝ていない。
ティアは居眠りばかりで講師に何度も怒られた。
イフローラと同じような光景だ。
一方のサラは寝不足なんて微塵も感じられないほど元気だった。
講師は黒板にずらずらと魔法理論の図式を書いている。
今はその内容を写している状態だ。
「サラはよくおきてられるよね。私なんか眠くて眠くて・・・」
ティアは講師に気が付かれないようにあくびをした。
サラの目は黒板にくぎ付けだ。でもなんか妙だ。反応が無い。
「ん?あっ!」
ティアは何かに気が付くと小さく声をあげた。
サラも寝てた。しかも目を開けたまま。いくらなんでも寝ないで大丈夫なわけない。
彼女も例外ではなくそれに気がついた講師の怒りが飛んだのは言うまでも無かった。
■
「いやー。今日はまいったよ。国であんなことしてたら命がいくつあっても足りないよ」 サラは苦笑いしながらティアに言う。
「私もビックリしたよ。でも命って・・・」
何とか初日の講義を終わらせ部屋に戻った二人はベッドに倒れこむと横になりながら話した。
「バカにしちゃいけないよ。寝てるときが一番危ないんだ」
サラはさも当然の事のように言う。
「今夜はちゃんと寝ようね。ここは安全だから大丈夫だよ」
「そうね。しかしこんなに平和な国だと気が抜けちゃうよ」
「そういうもんかなー?」
「そういうもん。あ、ところでティア。魔法見せてよ。
実は私一度も見たこと無いんだ。そう派手なやつを。お願い!」
サラの突然の申し出にティアは戸惑った。
「ええ?だって私は落ちこぼれだよ。そんなの出来るわけ無いじゃん」
「失敗を恐れてやらないよりはやって後悔したほうがマシってもんよ。うん」
「はぁ」
聞こえは良いがでも無理がある。ティアにとっては成功するのが稀なくらいだ。
そんなことを露とも知らずサラはティアをおだて上げなんとかみせてもらおうと
躍起になっている。
「ね?ね?」
サラの押しに気を取られたのかティアはしぶしぶうなずいた。
「失敗しても知らないよー。じゃあ『明りの魔法』なら室内でも問題ないかな?」
『明りの魔法』はその名のごとく専らランプ代わりに使われることが多い初級魔法だ。
「えーと、ではいきます!」
「わくわく」
「『ruuhufureimumaruhuha-』」
ティアは目を閉じ呪文を唱え始める。手の動きや立ち位置など気にかけながらルーンを
つむぎ出していく・・・。
「あれ?こうだったっけ?」
途中で判らなくなったらしい。実にティアらしい。
しばらくして指先ほどの大きさの火の玉がティアの目の前に現れた。
「すっごーい!火が出たー!なるほどこれを松明代わりにするのね!」
サラは手をパチパチしながら喜んだ。少し興奮気味だ。
「え?火?『明りの魔法』は火は出ないハズだけど・・・」
ティアはサラの声に反応して目を開けた。
瞬間、火の玉が弾けた。
部屋中に細かく分裂した火の玉が飛び散り壁や絨毯などに燃え移った。
「きゃーーー!!!!」
「わーーーー!!!!」
「水ーーー!水ーー!」
二人は部屋に飛び散った火を慌てて消化剤で消し止めた。
「ふぅ・・」
幸いにも火事にならないで済んだがじゅうたんや壁など所々焦げてしまった。
騒ぎを聞きつけた寮の学生が呼んだのだろうか安堵する二人の前に気が付けば
エルドラス院長が立っていた。
「なんの騒ぎかと思って来てみれば・・・バカモーン!!」
「ひぃぃ、ごめんなさい!ごめんなさい!」
ティアは平謝りだ。一緒にサラも謝っている。
エルドラスは部屋の様子を見るとつぶやいた。
「ふむ・・・これは火系の魔法を使ったか?」
「いえ、これはその、『明りの魔法』が失敗しちゃって・・・」
「『明りの魔法』だと?その魔法は発光だから火は付くわけがない。
この飛び散り方はどう見てもファイヤーボールではないのか?」
「え?ファイヤーボール?私はちゃんと『ruuhufureimumaruhuha-』って」
「なんだと・・・?」
エルドラスはその呪文に反応した。
「え?」
「バ、バカモノ!その呪文こそがファイヤーボールだ!」
「あう!」
「これを室内で使うとは何と言うことだ。しかも明りの呪文との区別もつかないとは・・・。
明日からは基礎だ!ずーっと基礎勉強だー!!!
その他魔法は一切使う事は許可しないわかったか!!」
「そ、そんな〜〜〜」
ティアはがっくりと肩を落とした。
「まぁまぁ、こうして大事には至らなかったしいいじゃないですか」
サラは飄々と言うがあっさり却下された。
「ダメだ。これは学院の規律の問題でもある。おまえも留学生とはいえ今は
この学院の生徒だ、この決定にはしたがってもらう」
エルドラスはあごひげをさすりながら鋭い目つきでサラを睨んだ。
その後二人はエルドラスに何時間もお説教され夜中の0時を回ろうかという頃に
やっと開放された。
パタンとドアがしまると二人は疲れ果てたように床にへたり込んだ。
「やっと終わったねー・・・」
サラがティアに言う。
「今日はほんと疲れたよ・・・」
■
それから一週間が過ぎた。先日言われたとおりティア達は基礎勉強ばかりさせられていた。
しかも講師はエルドラス本人と来たものだ。
基礎勉強についてはティアにとってはもう1年以上も前に学んだことだ。
今更な感じであったが自分の蒔いた種だからこれはもう仕方が無い。
なによりティア自身、それを把握できていないからこそ先のような失敗をしたわけだが。
そんなこんなで本日の授業もやっと終わり部屋に戻った。
「今日も疲れた・・・。こんな生活があと3週間も続くなんて・・・」
サラが疲れはてた顔でティアに言う。
短期留学とはいえサラにとってもとんだ災難だった。本当に疲れているらしい。
疲れているのはティアも同じだ。
ティアは両肩をプルプル震わせてつぶやいた。
「くっ・・・、軟禁まがいのこの環境だけでも嫌だっていうのに、あれから一週間、本当 に基礎ばかりやらすなんて!」
スパルタ合宿なので当然と言えば当然だが
なにより苦痛なのがなんと言っても授業時間がイフローラでの倍以上はあることだ。
自由時間なんてほとんど皆無だ。
その自由時間さえも授業の疲れで部屋に戻るなりすぐにベッドに倒れこんでしまうので
ままならない。
「これも『水の魔法』を会得するまでの辛抱だわ!うん」
サラは揺るぎ無い目的があるので前向きにいつもこう言い聞かせていたが
それがいつ変わるかも時間の問題だ。
一方のティアはもう我慢の限界のようだった。
「あのクソジジイ!許さないわ!!」
ティアは先ほどにもまして両肩を震わせて突然金切り声を上げた。
ティアは自分が失敗したのは悪いことだがどうも煮え切らない。
元はといえばティアの成績が悪いのが原因だがその矛先はエルドラスに向けられた。
説教のときもそうだが『落ちこぼれ』だの『無能』などいつもいつも言われれば
流石のティアも腹が立つ。俗に言う『逆切れ』だ。
「ティア?」
ティアの形相に驚いたサラがそっと声をかけるがティアには届いていないようだ。
「な、なんとしても魔法をマスターしてあの自信と自慢に満ちた顔を落胆させてやるわ! サラは一瞬、驚いた顔をしたが黙って聞いていた。
「そしてあの自慢げにさすってるあごひげを私のファイヤーボールでチリチリに燃やす! 絶対燃やす!!」
ティアが最後にそう言うとサラはにんまりとして口を開いた。
「協力する。その言葉を待っていた!」
即答だった。
思い出のカレッジリング その2へつづく
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