SP03 これが私の生きる道 1




もし、私が今とは違う道を選んで違う人生を歩んでいたら
どうなっていただろうと、ふと思う時がある。

宮廷魔術師の私。
盗賊の私。
実家の母の薬剤師の仕事を継いでいたかもしれない私。

でも・・・。
この展開だけは想像しなかったなぁ____。



私は今、教壇に立っている_____。

「あ、あのー、はじめまして、講師の『レスティア=ヴァル』です」

ここはフォールハウト自治国、ルウェンにある魔法学院。
レステンシア王国の王都イフローラにある魔法学院の分校である。

講師と名乗った「レスティア=ヴァル」のその正体は言わずと知れたティアである。
ティアは慣れない変装をして偽名を使い教壇に立たされていた。

「えー、今日は特別授業として”魔法学者のレスティアさん”におこし頂いた」
隣にいる老人はこの魔法学院の院長をしているエルドラスだ。
相変わらず自慢げにあごひげをさすっている。
その仕草、昔と全く変わって無いなぁとティアは思った。

どうしてこんな展開になってしまったのだろう。
ティアは冷や汗をかきながら苦笑いしている。


そもそも事の始まりは____。

話は前回、サラとティアが再会したところから始まる。
夕焼けの中、ルウェンの町へ戻った二人がある揉め事を目にしたのが原因だ。

魔術師らしき老人が傭兵らしき若者数名にぶつかられて絡まれていた。
傭兵らしきというのは腰に剣をぶらさげ鎧をまとっていたからそう推測した。
または戦士や剣士と言っても良いかもしれない。
老人の方はローブで後ろ姿。フードをかぶっているので顔はわからない。
足元には老人の持ち物だろうか、書籍が数冊散らばっている。

その性分からか、ティアの制止を退き、サラは早速助けに入った___のだが。

「わしを誰だと思っているのだ?」
「しらねぇよ、じじい!」
「ぶつかってきたのはそっちだろ!詫び入れろや!」
そのやり取りからむしろ絡まれた原因は老人の方にあるように見えた。

「ヤレヤレ、今時の若いものときたら口の聞き方を知らぬな」
そう言うと老人は傭兵らしき若者の鎧をちょんと突ついた。

刹那。
バチバチっと青白い閃光が金属製の鎧を伝わり若者を痺れさせた。

「いってー!!しびれるー!!」
「な、ちっくしょー、おぼえてやがれ!」
若者達はそう捨て台詞を残すとその場を走り去っていった。

サラは野次馬から一歩抜け出た状態で今まさに助けようとした時だったので
この展開に少々拍子抜けした。

電撃の魔法を使ったと思われる老人は助けるまでもなく強かったのだ。
しかし、一応出ていった手前、気まずそうに老人に声をかけた。

「お、おじいさん、大丈夫?・・・げっ?」
老人に声をかけたサラはすっとんきょうな声を上げた。
振り向いたその老人が知った顔だったからだ。
長いあごひげのある”あの老人”だった。

「エ、エルドラス院長!!」

「ええっ!?」
サラの言葉にティアもつられて声を出してしまった。
ティアは言ってしまってから「しまった」と毒気づいたが
若者の退却により野次馬も散りじりになった
人ごみに紛れこっそりその場を去ろうとした。
「ゴメン、サラ。あなたの犠牲は尊いものだわ・・・」
ティアは心の中でつぶやいた。

「ふむ、どこかで見た顔だと思ったら久しぶりだな」
「お、お久しぶりです」
「先の和平交渉の件、お前の活躍は聞いているぞ」
「それはどうも」
サラは気まずそうに目でティアに助けを求めている。
「ティアめ」と言う感じで恨めしそうだ。
しかしその思いに合わせるかのようにエルドラスは口を開いた。

「こら、ティアはどこにいくつもりかね?
”恩師”に挨拶も出来ない子だったかな?」

ティアの存在もばれていた。
エルドラスという老人、院長だけあって流石に侮れない。
かつては宮廷魔術師に誘われたほどの実力者なのだから無理は無い。

「あはは、お久しぶりです・・・」
ギクッとしながらティアは振り向いた。表情は苦笑い。
かつてのあの『地獄の合宿』の後も度々会う機会はあったがこの老人は今でも苦手なのだ。

「ああっ!私、大事な用事を思い出した!国に帰らなくちゃー!
 じゃあ、ティアまたね、あとで連絡する!」
サラは突然、大げさに早口で言うとその場をそそくさと立ち去ってしまった。

「ちょっと、サ、サラ!」
「忙しいヤツじゃのー」
エルドラスはヤレヤレと言った感じでサラの後姿を見ていた。
逃げたな。ティアはすぐそう思った。
先ほどまでは自分方が逃げようとしていたのだから人の事は言えない。

「ああっ、私も用事が・・・」
ティアもサラと同じように言うがエルドラスに嘘だと見透かされていた。
「お前は”今は暇”だろ?少しは付き合え」
サラがやった事の二番煎じは通用しなかった。

「・・・はい」
ティアは泣いていた。


近場のカフェでエルドラスは珈琲、ティアは紅茶を飲んでいた。

「はて、その様子では盗賊の仕事も上手く行っていないと見える。
「よ、余計なお世話です・・・」
ティアはいきなり核心を突かれ嫌な気分になった。
約一年ぶりに会った老人はつい最近も会ったかのように普通に話し出す。
歳を取るとこんなものなのだろうか?

「そうだ、ちょいとばかり小金でも稼がんかね?」
思いついたかのようにエルドラスはティアに言った。

「どういう意味ですか?」
ティアはじと目でエルドラスを見た。

「給金ははずむぞ?」
そういってエルドラスは指を2本立てた。
その意味は報酬を表している。

「・・・2枚?金?」
「日当、金貨20枚」

エルドラスはニヤリとしながら自慢げにあごひげをさすった。
嫌な老人だ。

「に、にじゅうまい・・・?!」
その言葉にティアは明らかに動揺した。
金貨20枚もあれば一週間近くは食事に困る事は無いだろう。
生活レベルでいえばこの世界でも高給取りレベルだ。

「どうかね?」
確かに盗賊見習としては上手くは行っていないかもしれない。
ティアはその誘惑に負けた。
本来ならエルドラスに仕事を貰うのでさえ屈辱だが背に腹は変えられない。

「・・・何をすればいいのですか?」
歯ぎしりし、屈辱に耐えながらティアは吐き出すようにつぶやいた。

「なあに、ちょいと学院で講師をしてもらえればな。
曲がりなりにも宮廷魔術師だ。生徒たちの刺激にはなろうて」

「講師って?!冗談でしょ?だって私、そのなんていうか・・・。」
そう言うとティアはもごもごして口を閉ざしてしまった。

「・・・知っておるよ。宮廷魔術師から逃げ出した事くらい。
 フェンが嘆いておったぞ。」

ティアは魔法に懐疑心を抱き、宮廷魔術師は一年ほど前に辞めている。
というか正確には「書置きを残し、行方をくらませた」という方が近い。
以来魔法は一切使わずの生活をしている。

ちなみにティアは知らないが、いつか戻ってくる事を信じているフェンが女王に進言し、
その席はいまだ空席のままである。

「すみませんが―――」
給金は魅力だったが魔法学院の講師という言葉に
ティアは断るしかなかった。
フェンにティアの所在がばれてしまうかもしれないと言うのは元より
何より懐疑心を抱いて魔法を絶ったのにまた魔法に関わるのが嫌だったからだ。

「やれやれ、では、こうしよう。今日からティアの肩書きは”魔法学者レスティア”
魔法は使えないが知識には長けている。
役職はそうさなぁ、学院内の魔法図書館の司書。これでどうだ?」
エルドラスはそう提案すると嫌味ったらしくニヤリと笑った。


学院図書館の司書の仕事は単純だった。
本の整理や貸し出しの記帳、何がどこにあるかという生徒の質問に答えたりなど
そう言ったものだ。これで金貨20枚?ティアはその待遇に少々解せない。

「(それに別に魔法学者って肩書きじゃなくてもねぇー)」
筆を走らせながらティアは苦笑いした。

ティアは変装している。
学院内の廊下にはティアの肖像画があるので正体を隠すためだ。
丸いフレームのメガネ(もちろん伊達メガネ)をかけて、
馬の尻尾のような長い髪の毛は解いてロングヘアーにして、
赤茶の髪の毛も染料で黒に染めている。
その姿は、いつもの可愛らしい印象ではなく
真面目な学者のような印象だ。

「私はね、小さな魔法教室を開くのが夢なのよ」
そう語ったのは同じ司書仲間の「チェリオ」だ。
ティアとは同じくらいの歳だ。
一通り魔法は勉強しているようだが司書をやりながらその開設資金を貯めているらしい。
「夢があっていいね」
ティアはこのチェリオとはすっかり仲良くなっていた。
当然の事ながら本名や正体は秘密なので罪悪感で心苦しい。
「レスティアは将来の夢ってなにかあるの?やっぱり先生とか?」

「え?私は特に・・・。ここに来たのだって短期のお手伝いだし・・・」
しどろもどろになりながら答えた。
”私の夢は盗賊になる事です”なんて言った日には軽蔑されかねない。
ティアの場合はトレジャーハンター寄りだがどちらにせよ
「盗賊」といえば忌み嫌われる職には変わりはない。

「へぇ〜、まだ若いからね。色々と悩みますものねー、このお年頃は」
良くわからないがチェリオは独自の解釈で納得している。
確かにティアは若いが実はこの歳で既に数々の経験の場をくぐって来たとは
チェリオはよもや思うまい。

「チェリオは魔法教室の先生になってどんな事を教えるの?」
ティアがそう聞くと、待ってましたといわんばかりに目を輝かせながらチェリオは答えた。

「ズバリ生活に役に立つ魔法!
なにも宮廷魔術師になるとか魔と戦うとか大それた事じゃなくても良いのよ。
少しばかり魔法で生活が楽になればそれでいいの」

意気揚々と語るチェリオを見て、ティアは半分苦笑しながら
そう言う考え方もあるのかと思った。
宮廷魔術師時代のティアはどちらかと言えば国を守るという対魔の方だった。

「あのー、すみません、もしかして、新しい司書の方ですか?」
その時、生徒の一人が受付にいるティアに声をかけてきた。

「ああ、紹介するわ。今日からここで司書やる事になった
レスティア=ヴァルさん」
チェリオは学生にそう紹介した。
白い学生用のローブをまとった少女のその顔を見てティアはギョッとした。
少女は最近会ったばかりのあの問題児エレーヌだ。

「は、はじめまして、宜しくね。
(あ、そう言えばルウェンの学院の生徒って言ってたっけ)」
ティアは心の中でそうつぶやいた。

「レスティアさん・・・?」
エレーヌはティアの顔をまじまじと覗きこんだ。

「最近の宮廷魔術師ってこんな事もするんですか?」
「ぶっ!」
エレーヌはひょうひょうとそう答えた。
上手く変装したつもりが彼女にはバレバレだったらしい。

「えー?宮廷魔術師って何?」
会話を聞いていたチェリオが聞いた。

「い、いや、なんでもないわよ!」
ティアはパタパタと手を振りながらそう答えた。

エレーヌとティアはこそこそ言い合っている。
「(そんな格好までして、もしかして内部調査ですか〜?)」
「(だから、違うって。単なるバイトよバイト!
 お願いだから内緒にしてちょうだい。)」
「(じゃあ、一つお願い聞いてもらえますか?)」
「(な、何?)」
「(”私達”の講師をやってください)」
エレーヌはにこっと笑うと親指で後ろを指差してそう答えた。

「(え?)」

エレーヌのはるか背後、入り口付近でエルドラスがコッソリと
覗きこんでニヤリとしながら微笑んでいた。

「あんのじじいーー!!」

はめられた。
最初からこれが狙いだったのだ。結局ティアは講師をするハメになってしまった。


これが私の生きる道 その2へつづく

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