SP03 これが私の生きる道 3



今日は日曜日。
学院の講義も無く、久々の休日である。

ティアはルウェンの町の一角にあるの喫茶店『ドモン・テフィア』に来ていた。
流石にその後を心配したのか親友のサラから連絡があったのだ。
今日のティアは変装はせずいつもの盗賊スタイルだ。
紅茶を飲みながら楽しくおしゃべりを楽しんでいた。

「いや〜、どうなってるかと思ったらティアが先生やってるなんてね〜。
 私もティアの変装姿見てみたいなぁ〜」
サラは他人事のようにけらけらと笑っている。

「笑い事じゃないよ、もう! それに先生じゃなくて非常勤講師!」
そもそもこうなった一端はサラにもあるというのに薄情な友人だと
ティアは毒気づいた。

その様子を見てサラはニヤリとするとからかうように言う。
「でもさ、稼ぎはいいんでしょ?」
「そ、それは、まぁ・・・」
確かにその点については否めなかった。
しかも最初は嫌々やっていたのが最近はどこと無く楽しささえも
感じるようになっているのも事実・・・。

と思ったところでティアはハッとし、その想いを否定するかのようにつぶやいた。
「私の本職は盗賊よ。うん!絶対に!」
まるで自分自身に言い聞かせるかのようだ。

その様子を見てサラはくすっと笑った。
「あまり、街中の人の往来でそういうことは言わない方が良いと思うけどね」
もっともな意見だ。
「うっ、サラだってその格好、言わずもがな、人に避けられてるじゃない」
「この格好は私のアイデンティティーだもん」
いかにも南国の「ソテロ・ソディ」といった、いでたちは
相変わらず人々に怖がられている。

「ところでさ、ティア。そういえば最近また出るらしいね」
「え?出るって何が?」
「ほら、アンタが好きだって言っていたあの盗賊よ」
サラは小声で言う。

「ダークウルフが?!」
ティアは瞳を輝かせ、サラの話の続きを聞こうとした。

「どうやら聞くところによると最近は希少価値のある古書ばかり狙っているんだって。
学院の図書館も古い本たくさんあるしなぁ。狙われなければいいけどね」
サラはそう言うがティアにとっては複雑だった。
何を隠そう、ティアは盗賊「ダークウルフ」の熱狂的なファンなのだ。
そもそもこの世界に入ったきっかけもこの「ダークウルフ」の影響である。
窮屈な王宮に勤めていた時に聞いた数々の義勇談には心を躍らされ、
いつか私も!という経緯で今の状況になっている。

「ダークウルフ」は盗賊といってもトレジャーハンターや義賊に近く、
人を殺めたりするごろつきやチンピラとは違うらしい。
「らしい」というのはその正体は未だ判らず、まさに謎の盗賊だからだ。
ティアに限らず一般の人々にも意外にもファンは多い。

「会ってみたいなぁ。どんな人なんだろう?」
ティアはにやにやしながらうっとりとしていたのだが、
突然起こった喧騒に邪魔をされてしまった。

「ん?なんだぁ?」
サラはテーブルから身を乗り出して立ち上がり野次馬の先を見ようとしてる。

「なぁに、また喧嘩?」
ティアはうんざりだ。出来れば関わりたくは無い。

「大変、ティア!女の子達が男達にからまれているよ!
 あれって学院の生徒じゃないの?白い研修用のローブ着てるし!」
サラはティアにそう言った。

「学院の生徒・・・」
ティアはやれやれといった感じで重い腰をあげた。
「ティア、アンタが出て行くとなにかと面倒でしょ?
ここは私に任せなさい!」
サラがティアを座らせると、早足で野次馬の中をすり抜けていく。

そしてわずか数分後。
サラが助けた学院の生徒達は何故か同じテーブルに座っていた。

「(サラのばかぁ!なんで連れてくるのよ!)」
「(だってさ、どうしてもお礼がしたいって言うから仕方なく・・・)」

運が悪いことに生徒達はティアの教え子達だった。
今日はいつもの学院での変装もしていないので、
おそらくティアだとばれることも無いだろう。
ある一名を除いては。

「先ほどはありがとうございました。助かりました〜」
サラが助けた生徒は三人。その中にはあの「エレーヌ」もいた。

「私はキャロルです」
「マーナです」
「エレーヌです」
三人は自己紹介をした。
ティアはなるべく顔をあわせないように軽く会釈をした。

三人とも格好は白い研修用のローブを着ている。
学院ではこれが制服で生徒達は普段着や私服ではなく
外出時もこれを着る事を義務付けられている。

キャロルは元気で好奇心旺盛な散切りの青い短い髪の少女。
マーナは丸いメガネをかけたおっとりした感じの赤毛の三つ編みの少女。
ちなみにエレーヌはショートカットの金髪である。
多少丸くはなったものの見た目は相変わらず勝気な感じだ。

エレーヌはエルドラス院長から口止めをされているので
友人達にばらしてはいないようだが、
さっきからエレーヌの視線がティアに突き刺さっている。
「(うう、針のムシロだよ・・・)」

「サラさんってお強いんですね」
マーナが言うと、キャロルが続けて言う。
「さっきの男達、急に絡んできて困ってました。魔法使いは大嫌いだってね」

「?」
ティアは初めは意味がわからなかったが
「(このまえ院長を襲った連中だったよ)」というサラの言葉で理解した。
どうやらあの時のとばっちりを食ってしまったようだ。
運が悪かったとしか言いようが無い。

「あれ・・・サラさんのお連れの方、どこかで?」
「もしかして・・・レスティア先生!?」
ティアの顔を覗き込んだキャロルが声をあげた。

「やっぱりレスティア先生だ!」

「サラ〜!」
ティアはサラを睨みつけた。
エレーヌは知らない?という感じで顔を横に振っている。

「先生、なんでそんな格好しているんですか?それじゃ、まるで盗賊みたいですよ」
生徒にしてみれば異質に映るがティアにしてみればこっちが本来の姿、
その言葉が胸にぐさっと突き刺さった。
しかも肝心の変装が変装になっていなかったこともショックだった。

「あー、もう何とでも言ってください・・・」
ティアは肩を落として大きくうなだれた。

サラはオホンと咳き込むと、取り繕うように生徒達にこう言った。
「いいか、君たち、私とティア・・・いや、レスティアは
ある極秘任務のためのエージェントだ。この秘密を部外者へ漏らすと抹殺される。
だからこのことは絶対に秘密だ」

「あっちゃー」
言うのにも程がある。ティアはそう思った。
エレーヌは顔を背けて笑いをこらえるのに必死のようだった。

「そ、そうなんですか・・・?」
学院の生徒達も訝しげな表情で信じていない。無理も無い。

「し、信じてないね?」
サラは言葉を詰まらせながらティアの腕を引っ張ると
自分とティアの指にはめられている指輪を見せた。

「この指輪こそが『組織の証』」
「お、同じだ!」
キャロルは驚いているが、マーナはそれを見てとっさに口を開いた。

「でも、この指輪って院長先生も同じのしてたような・・・」
「え?、そ、そうなの?!」
サラはうっかり口を滑らせ、やっちまったという顔をしていた。

「サラ、もういいよ〜」
ティアはこれ以上サラが墓穴を掘るのを見ていられなかった。

その後、ティアは盗賊であること、本名と元宮廷魔術師だということは
相変わらず隠してはいるものの
サラとティアは学院の卒業生であるということを伝えた。

「なーんだ、サラさんもレスティア先生も学院の卒業生だったんですね」
「私たちと大して年も変わらないのに変だと思ったー」
生徒達は口々に言う。
厳密に言えばサラの場合は短期留学だが意味するところは同じようなものだ。

「でもー、それならレスティア先生ってどうして魔法使えないの?」
「そうだよね、卒業してるんだし」
この事に関してはエレーヌも不思議に思っていた。
エレーヌはティアが元宮廷魔術師ということは知っているが
どうして魔法を使わないのかのその理由までは知らなかった。

「それは事情があってね・・・」
サラはもちろん知ってはいるがティアはそれ以上は言わなかった。

「ふーん。まぁいいか」
生徒達もそれ以上は追及をしなかった。
「それより、今夜、サラさんも先生もどうですか?」
「あっ、ダメだよ」
エレーヌが慌てて静止する。

「今夜って・・・?」
ティアは聞き返す。
サラも意味がわからずキャロルの言葉を待っている。

「肝だめし〜!」
キャロルはそう言った。


夜の学院。
サラとティアを含む総勢5名は「肝試し」とやらで学院にいる。

サラにとっては夜の学院は久しぶりだ。
「なんだかワクワクしてきたよ〜」
「サラ・・・」
ティアは苦笑しているが内心自分も少し期待をしていた。

昼間の話の続き。
「学院の敷地の外れに幽霊が出るって噂があるんだよ〜」
キャロルがそう語りだす。

「ああ、その話なら私らの時にもあったよね」
「うん」
サラが言うとティアが懐かしそうに頷いた。

「私は止めようって言ったのですけどお二方が言うことを聞かなくて・・・」
マーナはそういうが本気でとても止めているようには見えない。
むしろ煽っているような感じだ。

「最近は外れの塔付近で頻繁に目撃情報もあるって」
エレーヌが補足する。

ティアがはっとしてサラと顔を合わせる。
「マリアベルさん・・・」
二人の声がハモる。

「マリアベルさんって誰です?」
エレーヌが聞く。

「いや、まぁ知り合いというか・・・」
ティアはごまかすように、みなまで語らなかった。

もしかすると再びマリアベルに会えるかもしれない、
という思いもあってサラとティアもこのイベントに
参加することになったのだ。

再び夜の学院。
暗く、静まり返った学院の郊外、例の廃墟の塔に向かって歩き続けている。

マーナがほのかに明るい明かりの魔法を使っている。
「こんなに人数がいて、どうして私しか魔法を使えないのでしょうか?
レスティア先生も使えないだなんて・・・」

「あはは・・・」
ティアは笑ってごまかした。
「私は雨の魔法しか使えません」
サラは潔い。
「硬いこと言わないのー」
エレーヌは言わずもがなだが、どうやらキャロルも負けず劣らずのオチこぼれのようだ。
「ま、私は元気だけがとりえだしね」
キャロルはけらけらとしている。
「何のために魔法学院に通っているのかしら・・・」
マーナが毒気づく。

しばらくして一行は塔に着いた。

「始めて来たけどこんな風になっているんだー?」
「ぼろーい」
エレーヌやキャロルは興味津々だ。
ティアとサラはつい先日、来たばっかりだが夜の塔は久しぶりだ。

「幽霊ー!出てこーい!あはは〜」
キャロルは塔の中で叫んだ。声がこだまして響き渡っている。
マーナが引きつった嫌そうな顔をしている。

「そういえば昔はネズミ一匹で大騒ぎだったね」
「そうそう」
ティアとサラは楽しそうに話していた。

しばらく塔の内部にいたが幽霊の気配なんて微塵もなかった。
「まぁこんなもんかな」
「そうね」
サラが少しがっかりしたようにティアに言う。

「帰ろうか?」
肝試しはこのサラの一言でお開きになった。


学生寮までは一端、学院に入り渡り廊下を歩かなければならない。
夜の学院は昼間と様子が全く違って見える。
郊外の森の中にある廃墟の塔よりもこちらの方が怖いとエレーヌは感じた。

「レスティア、私は今日はあんたの部屋に泊まるよ」
「うん、他の先生達に見つからないようにね」
ティアがサラに釘を指す。

「それじゃあ先生、私たちはこっちだから・・・」
回廊がT字路に分岐していて一方は学生寮、もう一方は教員用の寮に繋がっている。
「おやすみなさい〜」
「うん、じゃあおやすみ」
ティアはサラと一緒に教員用の寮へ向かった。

学生寮へ向かう途中、マーナが呟いた。
「ねぇ、今、あちらの方で物音がしませんでした?」
「あっちって図書館の方だよね」
エレーヌが言う。

「ネズミか何かじゃないの?」
キャロルがひょうひょうとしている。

「先に戻ってて、気になるし、私ちょっと様子を見てくるよ」
エレーヌは図書館の方に向かった。
「ちょっとエレーヌ!」
マーナの静止を聞かずエレーヌは足早に走っていく。

「もう、仕方ないなぁ!」
キャロルとマーナもエレーヌの後を追った。


「今の音?何」
教職員用の寮に向かう途中、いち早く異変に気がついたのはサラだった。
「うん、何か物音が・・・あっちは学院図書館の方だよ」

「あの子達じゃないよね?」
サラは気になって仕方が無い様子だった。
「この時間は鍵がかかっているし誰も入ることは出来ないはずだけどなぁ」
ティアはそういうとサラがした昼間の話を思い出した。
「もしかして、『ダークウルフ』・・・?」

ちょっと様子をみてくる、そう言ってサラはもと来た道を引き返した。
ティアもその後を付いていく。


その頃、学院図書館では最悪の展開がおきていた。

エレーヌ達三人は学院図書館の前に着くと入り口のドアに手をかけた。
「(あれ、鍵が開いてる・・・・)」
両開きの扉を押すとギッと少しきしんで開いた。

「誰かいるのですか〜?」
エレーヌがそう呼びかけるとガタガタと言う音と人影が見えた。

暗闇の中を慣れた様子で人影がこちらに向かってくる。
「誰?!きゃ!」
エレーヌが言うのとほぼ同時、人影はエレーヌ達の背後に回ると
キャロル、マーナと次々に当身を食らわせエレーヌの口をふさいだ。

「(静かにしろ!)」
小声でそういうのは男の声だった。
「(むぐむぐむう))」

男はそういうとエレーヌ達の両足と両腕をロープで縛った。
キャロルと、マーナは先ほどの当身で気を失っている。
「キャロル!マーナ!」
エレーヌは床に転がる二人を見て歯軋りした。

「気を失っているだけだ。大人しくしていれば何もしないが騒いだら殺す」
蝋燭の明かりの中男は冷静に図書館の本棚を物色している。

「あんた、コソ泥?!」
「ふふ、そんななりでも口の減らないお嬢ちゃんだな。
俺はこう見えても少しは名の知れている盗賊なんだがね」

「そんな全身タイツの黒マスクに言われてもわからないわよ!」
柱を背に床に転がされながらも、エレーヌは怖気づかないように気を保っている。
しかし内心はとても怖い。

黒タイツの男は相変わらず古ぼけた魔法書などをかき集めている。
「やっぱり思った通りだ。この図書館はお宝が沢山埋もれているな」
「アンタ、書籍専門の盗賊・・・?」
「ご名答」
盗賊はニヤリとした(正確にはそうしているように見えた)。

「(ティア、大変!)」
図書館に着いたサラとティアはエレーヌ達が囚われている様子を遠くから伺っていた。
「(泥棒・・・?早く、何とかしなきゃ・・・)」

「(ティア魔法、魔法。一撃で!)」
「(えっ?!でも!)」
「(だーって!そんなこといってられないジャン!)」

「ふふ、この本は高く売れるな・・・」
「この人でなし!」
「騒ぐと殺すと言ったはずだ」
エレーヌは魔法が使えたら状況を打開できるのにと悔しく思った。

「(仕方ない、私が囮になるから、その隙にティアはあの子達を助けて)」
そういうとサラは短刀をティアに手渡した。
「(わかったわ)」

しばらくしてエレーヌがいる反対側で椅子が倒れる音がした。

「なんだ?!」
男が音のした方を振り向いた。

「こっちだよ!」
そしてサラは声を出して飛び出す。
「貴様!」
男がサラに気を奪われいる間にティアはエレーヌのいる柱の裏に滑り込んだ。

「(ティアさん!)」
「(しっ!静かに!今縄切るから)」
ティアはエレーヌの手足を縛っていた縄を短刀で切った。

「くそっ!まだ仲間がいたのか!?」
黒タイツの男はティアにも気がついたようだ。

「サラ!エレーヌは助けたよ!」
「よっしゃ!さぁ、あとはアンタだけ覚悟しなさい!」
サラは愛用の刀を腰から引き抜くと男と対峙した。

「南国の娘か。くっくっくっ、面白い。こんなに面白い盗みは久しぶりだ」
「はぁ?」
男は片手をサラに向けかざした。

その時、かすかに空気が動くのを感じた。

「サラ!魔法だ!避けて!」
ティアが叫ぶのとほぼ同時、サラは前転してかわした。
空気の塊はそれまでサラのいた場所を吹き飛ばす。
サラは冷や汗をかきながら一息ついた。

「俺を只の盗賊だと思って油断したか?」

普通の人では難しい、魔法呪術体系や呪文無しで魔法を使った。
この男は「意外と出来るタイプ」だ。

「別に?盗賊が魔法使えても不思議じゃないし」
サラのその言葉にティアは苦笑している。いや、今はそんな場合じゃない。
相手が「魔法使い」であるということは脅威だ。

「(エレーヌ、あんた魔法使えるでしょ?攻撃魔法は?)」
「(えっ!ティアさんなら使えるでしょ!)」
「(私は今は使えないんだってば!)」
「(そ、そんな、私だって攻撃魔法なんて習ってないよ!)」
「(『光の矢』は?!)」
「(講義でやってたアレですか?)」
「(違う!『明かりの矢』じゃなくてっ・・・!)

「ふふ、どうした怖気づいたか?
 大人しくしていれば生かして帰そうかと思ったが、こうなっては仕方が無い。
 南国のお嬢ちゃんを始末したらお前らも天国に送ってやるからな」
二人の様子を見た男は嫌みったらしく笑った。

「こっちも本気ださせてもらうよ!」
サラは身構えると男に向かう。

「甘い!」
サラの一撃は跳ね返され、彼女自身も吹き飛ばされた。
「くっ!」

男の周りでは分厚い空気の層が盾のようになっているようだ。
この男、『空気使い』だ。ティアはその様子を見て即座に感じた。
「サラ!そいつに刃物は効かないわ!魔法じゃないと!」
ティアは自分で言ってはっとした。

魔法・・・。
ティアは盗賊になると決めた時点で自らの魔法の使用を封印した。
そんなことを言っている場合ではないことはわかっている。
でも、どうしたら・・・。

「ティアさん、私、何処まで出来るかわからないけど・・・」
エレーヌがティアに言う。
「えっ?」
「訳あって魔法封印してるんでしょ?」
「エレーヌ・・・」
「それなら、私がなんとかするしかないじゃない」
「・・・。
 エレーヌ!あなたの魔力、借りるわよ!」
「はい!」

ティアはエレーヌの後ろから彼女の両腕をつかんだ。
まるで操り人形のようだ。
「私の言うとおりに」
ティアはエレーヌの体を媒体にして魔法を使うつもりだ。
「ティア・・・?」
サラはよろめきながら起き上がると呟いた。

「何をするかと思えばそんな戯言に付き合っている暇は・・・はっ!」

その瞬間、『光の矢』が2本、エレーヌの手のひらから出現し
男に向かって飛んでいった。
『光の矢』は攻撃魔法の一つで悪の力、特に魔族には有効な属性を持つ。

しかし、残念ながら狙いは反れてしまった。
反れた『光の矢』は男の脇をすり抜け学院図書館のステンドグラスの窓と
本棚に直撃し、ガラスの割れる音や本棚が破壊される音が学院内に響き渡った。

「エレーヌ、もう一度!集中して、狙いを定めて・・・今よ!」
ティアが叫び、『光の矢』が男に向かい飛び交う。

「甘い!何度でもかわしてやるさ!」
男は素早く身を翻し『光の矢』をかわしていく。

「当たらない・・・」
エレーヌとティアは唇をかんだ。

「今度はこっちから行きますよ!」
男が手をかざし、空気が動いた。
「エレーヌ!危ない!」
ティアがエレーヌの前に割って入りクッションになった。

「ぐっ!」
エレーヌとティアは見えない空気の塊に一気に吹き飛ばされる。

「ティア!、エレーヌ!」
サラが刀を身構えて二人をかばうようによろめきながら男の前に立ちふさがった。

ティアの方は先ほどの空気弾をまともに受けたらしく
意識はあるもののダメージが大きい。
「ティアさん・・・サラさん・・・」
エレーヌは悔しい気持ちで一杯だ。
「エレーヌ、あきらめたら負けよ、自分の力を信じなさい」
サラは男から視線をそらさず、後ろにいるエレーヌに向かって呟いた。

「ま、所詮この程度ですね。この盗賊『ダークウルフ』の私に敵うものなど いるはずが無い」
黒タイツの男はサラに向かって一歩一歩近づいてくる。

「ダ、ダークウルフ・・・。あ、あなたが・・・。」
ティアはショックを隠しきれない様子だった。
『ダークウルフ』とは言え所詮は盗賊か、
私はこんな下種な人間、職業を目指していたのか。
ティアの頭の中はぐるぐる回り、自分が目指していたもの、
『ダークウルフ』に対するあこがれと尊敬の念が一瞬にして崩れ落ちた。

「ティア!しっかり!」
サラがティアに向かって叫ぶがその声はティアの耳には届いていない。

「やっと見つけたわ・・・」
「なるほど、お前が『俺達』を騙っていたのか・・・」

突然、男と女の声がした。
無残に破壊された天窓から二つの影がこちらを見下ろしている。
月明かりが逆光になっていて顔まではわからない。

「おいおい、お嬢さん方、俺達『ダークウルフ』をこんな下種な人間と一緒にしないでくれよ!」

「ダー・・・ク・・・ウルフ・・・」
ティアはうつろな目で天井を見上げる。サラも声のする方向を見上げた。
「ダークウルフ?!すると、この黒タイツは偽者・・・」

「き、貴様ら、ほ、本物か?!『二人』だったのか?!」
黒タイツ男は予想外の本物の登場に明らかに気が動転している。

「お前のせいでこっちはとんだイメージダウンじゃねーか!」
「ひぃ!」
天窓の男が怒鳴ると、黒タイツの男はサラ達には見向きもせず、
慌ててその場から立ち去ろうとする。

「逃がしはしないぜ」
しかし、男の行く手を天窓の男が投げたであろうナイフが阻んだ。
「くそう!くそう!」
偽者の男は天井に向け空気弾を打ちまくるがどれもこれも先ほどの魔法とは程遠い
へろへろなお粗末なものだった。

「そこのお嬢ちゃん、一人で『できる』わね?!」
お嬢ちゃんとはエレーヌの事だ。

「は、はい!」
エレーヌはティアと一緒に唱えた呪文を思い出し、一つ一つ丁寧に唱えた。

まもなく『光の矢』が現れ次の瞬間、
逃げる黒タイツの男の右手と左足に『光の矢』が2本突き刺さり男の動きを止めた。

「ぐうぁ!」
男はそのまま床にひざを突いた。

「凄い・・・」
エレーヌは初めての経験、自ら成功させた攻撃魔法に驚いている。

「ふふ、やるじゃない。あなたなら『姉のような良い魔法使い』になれるわね」
天窓の女はくすりと笑った。

「え、おねぇちゃん・・・? 姉を知っているのですか?」
エレーヌはそう問いかけるが『ダークウルフ』の姿はもうそこには無かった。

「チェックメイトだね」
サラはうずくまる男ののどに刀を突きつけた。

騒ぎを聞きつけた先生や院長達が駆けつけたのはそれからまもなくのことだった。


薄れる意識の中、ティアは暗闇の中に屋根から立ち去る二つの人影を見た。
月に向かっているのでシルエットしかわからない。

ああ、良かった、これが本物の『ダークウルフ』だ。
ティアはそう思った。


翌日、男はルウェンの町の自警団である「騎士団」に連行された。
男はつい先日から『ダークウルフ』の名を騙って
この町を騒がせていた古書物専門の泥棒だった。

「ティア、具合はどうかね?」
救護室に入ってきたエルドラスがティアに言葉をかける。
「はい、司祭様に手当てしてもらいましたのでもう大丈夫です」
ティアは申し訳なさそうにうなだれている。
流石に今回のことは相当に落ち込んだらしい。

「あの。キャロル達は・・・?」
「あいつらなら大丈夫だよ。幸か不幸か気を失っていたお陰で
 図書館での出来事は全く記憶に無いらしいがな」
「そうですか・・・」
ティアは安堵のため息をついた。
彼女達にとっては結果的に「とんだ肝試し」になってしまったのだから無理も無い。

「お前がすぐに魔法を使っていればなぁ。
 このようなことにはならなかったのだがな」
エルドラスは皮肉っぽく言う。
「ごめんなさい・・・」
ティアは素直に詫びた。

「しかしまぁ、皆無事でよかったよ。
 それよりティア、あれだけの騒ぎを起こしたんだ。
 レステンシアのフェンが勘づいてこちらに飛んで来るそうだよ」
「えっ?!フェン先生が?!」
ティアはベッドから飛び上がった。

「ティア、いくら『ダークウルフ』という義賊がいても、
 一般人の間には理解される職業じゃないじゃろ?
 私はな昨夜の男のような盗賊にはなって欲しくは無いのだよ・・・。
 盗賊の道は諦めて、このまま講師、いや宮廷魔術師に戻るか?」
エルドラスの言葉にティアは胸が詰まる思いがした。
やさしさが素直に嬉しかった。

「院長先生・・・。私は・・・。」
ティアは口を詰まらせながら呟きはじめた。
確かにここ数日は色々あって思うことも沢山あった。
このまま講師でも良いと思う自分もいた。
そして、昨夜の事件。
あの男がもし本物だったらティアは確実に盗賊を辞めていただろう。

「私は・・・私はやっぱり盗賊を目指します。
 心配しないでも大丈夫!あんな盗賊にはなりませんって!
『ダークウルフ』のような絶対に立派な盗賊になって見せます!」
ちなみに『立派な盗賊』という言葉は矛盾している。

「ふふ、お前のことだ、そういうと思った。ほら、約束の給金だ。
 なあに心配するな。フェンには適当にごまかしておくからな」
「エルドラス院長・・・」

「まだフェンには会いたくないのだろう?
何か困ったことがあったらいつでもここに来れば良い。
そうそうサラにはまたしても逃げられたが彼女にもよろしく伝えてくれよ。
今度はゆっくり遊びに来なさいってな」

「はい・・・。ありがとうございます」
その言葉にティアは心が緩んだ。

「ほら急げ、達者でな。」


ティアはすぐに学院図書館に向かい、チェリオにお別れの挨拶に行った。
図書館は昨夜の騒ぎでめちゃくちゃだ。
チェリオはその後始末に追われていた。

「あ、レスティア、聞いたわよ。昨日の話。大変だったそうね。
 っていうか、どうしたの?その格好・・・まるで盗賊・・・」

「チェリオ、ごめん!本当は後始末をしてからと思ったんだけど、
 すぐにここから出ないといけないの」
「え?」
 チェリオはわけがわからない様子できょとんとしている。

「あ、あのね、チェリオ!
 私の名前、本当はレスティアじゃなくてティア。
 ティア=ヴェイプロールが本当の名前。嘘ついててごめん」

「ティア=ヴェイプロールって、確かあの最年少宮廷魔術師と同じ名前・・・。
 まさかあなたが・・・?」
宮廷魔術師という言葉に一瞬顔をしかめたティアだったが
チェリオの言葉をさえぎるように頷くと言葉を続けた。
「ここにいた間、楽しかったよ。また落ち着いたら絶対に遊びに来るから・・・」

チェリオはティアの名を聞いて相当驚いた様子だったが
ティアの複雑な表情を見てなんとなく察した。
それから一息つくとすぐにいつものチェリオに戻り
「・・・うん。元気でね」
とティアにさよならの挨拶を交わした。

「あーあ、行っちゃったか」
入れ違いでエレーヌが現れチェリオに話しかけた。

「あ、エレーヌ」
「レスティアさん、院長先生のお願いでの短期のバイトだったんだって」

「レスティアさん、じゃなくてティアさんでしょ?」
「あ・・・」
 エレーヌは口を詰まらせた。

「でもこれでやっと納得したわ。
 短期のお手伝いとは聞いていたけど司書で入ったはずなのに
 突然講師に抜擢とか考えてみればおかしなことばかりだったし。
 私が言うのもなんだけど魔法学院って結構厳しい所なのよ。
 生徒達の入学のハードルも高いけど、講師や先生クラスになると相当な
 実力者じゃないと職にはつけないって、知ってた?」
「そうなんですか?」
その凄さにエレーヌは改めて驚いている。

チェリオ自身元々は魔法教室の先生になるのが夢なので本当なら
魔法図書館の司書ではなくて教壇に立ちたかったに違いない。

「それにしても若くして宮廷魔術師になった人って
 聞いていたからもっとこう真面目で堅物かと思っていたけど
 案外普通の女の子なんだから拍子抜けね」
チェリオは苦笑しながらそうつぶやいた。

『私も今は司書になるのがやっとだけどいつか必ず教壇に立つわ』
チェリオはそう改めて誓った。


ティアが学院を飛び出したのとほぼ同時にフェンが『転送の魔法』で姿を現した。

「エルドラス院長。ティアらしき人物がいたと報告を受けたのですが・・・」
フェンは真っ先に院長室に向かうと開口一番エルドラスにそう問い詰めた。

「さて、講師は雇ったがそのような人物はいたかな」
エルドラスは飄々として答えた。

「その”講師”は今どこに?」
「入れ違いでな。つい先ほど契約終了で出て行ったよ」
「・・・そうですか」
フェンは心なしか残念そうな顔をした。

「・・・それにしても、エルドラス院長も相変わらず食えない人ですね」
「はて、何のことかな」
エルドラスはとぼけているがフェンにはバレバレだ。

「まぁ、お探しのティアも落ち着いたらそのうち戻ってくるだろ。
『かわいい子には旅をさせろ』っていうじゃないか?」

「そういうものですかね・・・」
フェンはそれ以上何も言わなかった。


後日・・・。
サラと合流したティアは本屋の前でふと立ち止まった。
「あ、サラ、ちょっと本屋さんに寄っていってもいい?」
「んー、いいけど、何か買うの?」

棚を見ると例の冒険小説の最新刊が出ていた。
ティアは小説を買うと滞在先の宿でその内容をぱらぱらと読んでみる。
内容は女性剣士がかつての魔法の腕を買われ魔法の先生に化け
学園を舞台に悪と戦うストーリー。

「こ、これって・・・」
その内容に絶句した。
先日、ティアやサラが学院で体験したことがほぼ近い形で書かれていた。

「あの、じじい・・・作者だったのか」

やっぱり食えないじいさんである。
ティアはつくづくそう思った。


おわり。

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